東京の彼女と串カツ

数年前の「大阪の彼女とハイチュー」に続き、シリーズみたいなタイトルだけど、これから書くことに関連性はまるでない。
でも、あの時と同じく忘れられないことで、これから始まるミライロIDの原点となった大切な思い出について振り返りたい。

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「障害者手帳」の存在を知ったのは、確か小学生の頃だった。高速道路が割引になる、電車も距離によって割引になる。
「なぜか自分だけ特別な券を持っている」。当時、まだ子どもだった僕は、そんな感覚しか持っていなかった。

身体障害者手帳

周りを見渡せば、同じ学校にいる車いすの生徒は、僕と弟だけ。周囲との違いに悩み始めた頃。
「そもそも、これはなんだ?」と疑問を持つようになって、ある日、手帳の意味をネットで調べた。

「身体障害者は、自ら進んでその障害を克服し、その有する能力を活用することにより、社会経済活動に参加することができるように努めなければならない」身体障害者福祉法 第2条
「身体障害者とは、都道府県知事から身体障害者手帳の交付を受けたものをいう」身体障害者福祉法 第4条

難しいことはわからなかった。でも、歩き方を決められているような気がして、なんだかレッテルを貼られているような気がして、手帳を持つのが嫌になった。
誰かに特別扱いされることが嫌で、普通じゃない子どもになるのが嫌で、それから手帳を誰にも見せないようにした。それは、大人になっても変わらなかった。

 

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「大阪に行きたい!」と彼女が言った。5年前の夏。まだ東京にオフィスはなく、当時の僕は大阪と東京を行ったり来たりしていた。

旅行代くらい、バーンと出してあげたかったけど、僕にはまったくお金がなかった。そこで、こっそり手帳を使おうと考えた。
障害者手帳は種類、種別によって、同行者も料金が半額になる。それを活かして、交通費の負担を減らそうという魂胆だった。

「出張でそっち行くときあるから、タイミング合わせて、一緒に大阪まで移動しよう」
「え、なんで?新幹線くらい一人で乗れるよ?」
「いやぁ、まぁ。。。そうなんやけど、うん」

手帳のことを隠そうとして、ちぐはぐな会話になった。

「あ、もしかして、障害者手帳?」

彼女が言って、僕はまごついた。
聞けば、職業柄、なんとなく制度を知っているとのことだった。

「なにか思ってることがあるの?」

彼女は、僕に聞いてきた。
それから、僕はかくかくしかじか、手帳に対して抱いてきた思いや考えを話した。

僕の一連の話を聞き終わって、彼女は言った。

「ダメだよ、使わなきゃ!」
「???」

意味がわからなかった。僕にとって忌まわしき存在になっていたそれを、使わなければいけないと言う彼女。それから、彼女は僕に続けた。

「もしね、講演とかバリアフリーの調査だったり、手帳のおかげでいろんな場所に、お仕事へ行ける機会が増えたら、それは社会のためになるよね。だから、手帳があるってことはきっと、国から応援されてるってことなんじゃないかなぁ」

20年近く持ち歩いてきた障害者手帳。いつも財布に入っているそれを、ずっと、見るのも嫌だった。
あの日、押し付けられたレッテルを剥したい。普通になりたい。そんな思いを持ち続けていた。
彼女との会話が、彼女がくれた少しのコトバが、僕のそんな思いをフッと軽くしてくれた。

「でも、今回はプライベートの旅行だから、もし手帳を使う気になるなら、美味しい串カツ、ご馳走してね!」

 

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結局、あの大阪旅行で、障害者手帳は使わなかった。正確には、使えなかった。
障害者という文字と自分の名前が併記されたそれを、やっぱり見せたくなかった。
窓口で特別な手続きをしている姿も見せたくなかった。現実を知られたくなかった。

あれから随分と時間が経った。今、自分の手帳を見ても、嫌な気持ちになることはもうない。
多くの人に応援してもらっている証なのだと思うと、前向きな気持ちにさえなる。
僕は、この時代を障害者として生きている。応援してもらって、支えてもらって生きている。
受け入れられることは受け入れていきたい。そして、変えられることは変えていきたい。

あの日食べた、大衆居酒屋の安い串カツを、僕はきっと、ずっと忘れないと思う。



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